話すと言うこと
コミュニケーション不足が原因であることに疑いは無い。ここ最近の殺人事件の幼少化とその根幹にある原因を考察した結果である。
では何故分かっているのに回避できず且つ事件が減らないのか。
単純である。分かっていても人と話すことを積極的に行わないからである。
あらゆるコミュニケーションツールが発展してきた結果、言葉を発することなく意思の疎通が可能になった。
ほしい情報は人に聞かなくても グーグル で検索すれば簡単に見つけられる。
両親を殺害して且つタイマー付の簡易爆弾を作成する学生など10年前では考えられない。
否定的な話を淡々と書くつもりは無い。
一人間として心掛けていることがある。
①何か自分の主張があったとしてもまず接している人間の意見を聞いてみる。
②仕事の電話だとしても軽い冗談を交える
③少しだけ勇気を出して自分から声を掛けてみる (ナンパでは無い)
④人の目をしっかり見て話す。
⑤馬鹿にされるまで人なつっこくしてみる
全て巧くいくわけなど無いのだが少しでも心掛けて生活している。
言葉が要らない生活も可能だが、やはり太古からのコミュニケーションは対面会話であることに変わりは無い。
したがって少しでも心掛けることで何かしら変わればと思い生活している。
見知らぬお互いが合えば当然、緊張感と恐怖感を伴うと思う。
ソレを不快と思いコンタクトを違う方向へ持って行く事が容易な環境なだけに敢えて言葉でしっかりとお互いを分かり合うという手法を採ろうと思うだけいいのでは無いだろうか。
熱っぽく語れば語るほど逆説的になるのでここら辺で筆を置きたいと思う









