正比例するのはしわと目つき

年配のお小言は肝に銘じておけ
そんな事ばかり言われてしまう訳だがそれだけ我侭一杯という事なのだろうか。
今まで何人か触れたら怪我をしてしまうような方とお会いさせていただいた事は在るだけに少しは免疫なるものが出来ていると勘違いしていた。
全ては釈迦の手の上にしか過ぎなかったと痛感した。
心地よい会話だと思っていたがそれは作られていただけでありその場で本音を聞くための手段でしかなく、大事な事は最後の最期まで採って置き、
「最期の一杯いこうか?」
の手前でフッと聞いてくる老獪さ。もう完敗ですよ。生きている環境である事は疑いようも無いのだが自分に置き換えて創造してもどうしてもやれるとは思えない。
人が何を考えている?
子の人ならこうするとこうなる?
行動を見て対応とする!
話を聞く。
全てがわかりきっている事で相手も同じだと思っていても全く違う次元で話が進んでいた。1日以上ノンビリ考えいて今の今、事の心理は私が思うのと反対のことだったのでは?と気付く。 やんわりとしてそれでも何度か話をされていたシーンがぼんやり浮かんできた。笑いながら冗談を交えながらだった、同じ話が繰り返されるのに店を2軒変わった。全ては自分のミスだった。 ミスはミスとして今、気付いたのだから行動に切り替えるのは早いほうがいい。果たしてそれで間に合うか。修正が利くかそれとも座布団1枚捲られてしまうか さあてさあて









